本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
SNSのタイムラインや通販サイトで、GLP-1関連の注射剤やペン型キットが、驚くほど安い価格で並んでいるのを見かけることがある。パッケージの文字も、注射器の形も、どこかで見たものによく似ている。有効成分の名前まで一致しているように見えることもある。
同じ成分なら、中身も同じなのではないか。そう思う瞬間が、たしかにある。
だが、「薬」という言葉が指しているのは、瓶や注射器の中身の化学構造だけではない。その一本が、審査を経て、決められた工程で作られ、出荷後もロットを追跡できる状態にあるかどうか――そこまで含めて、はじめて「同じ薬」だと言い切れる制度になっている。化学構造がどれだけ似ていても、この後ろ側の仕組みを欠いた瞬間、それは別のものになる。
その仕組みが何によって支えられ、どこで途切れるのかを知らなければ、値札の横に並ぶ「安さ」の意味を正しく読み取ることはできない。
この記事でわかること
- 国内で承認された医薬品は、品質・有効性・安全性を審査する仕組みと、製造所がGMP等の基準どおりに製造できているかを確認する調査を経て、はじめて流通が認められる。
- 個人輸入した医薬品は国内の承認審査を経ておらずロット追跡の対象にもならないため、正規流通品と同じ品質保証の枠組みの外に置かれる。
- 医薬品副作用被害救済制度は国内で製造販売の承認を受けた医薬品を適正に使用した場合に限られ、個人輸入した未承認の製品はこの対象に含まれない。
なぜ「同じ有効成分」でも同じ薬とは言えないのか
有効成分の名前が一致していても、承認審査と製造管理の基準を経ていなければ、同じ薬とは言えない。国内で承認された医薬品は、品質・有効性・安全性を一品目ごとに審査する仕組みを経て、はじめて医療現場や薬局に並ぶことができる。この審査には、申請資料が科学的に信頼できるかを調べる調査、効果や副作用・品質を現在の科学水準に基づいて審査する調査、そして製造所が定められた基準どおりに製造できる体制にあるかを確認するGMP・QMS・GCTP調査が含まれている。
最初のうちは、ただの事務手続きのように見えるかもしれない。だが、ここでいう「品質」は、成分表に何が書かれているかという話にとどまらない。製造工程が不安定であれば、ロットごとに含まれる量にばらつきが生まれる余地も、不純物が混じる余地も出てくる。GMPが定めているのは、まさに「作るたびに同じものができる」という状態を、工程の側から支える基準である。
名前の一致は出発点にすぎない。その先にある製造管理と審査を経ているかどうかで、実際に手にする一本の中身は変わってくる。
偽造医薬品はどうやって人の手に渡るのか
偽造医薬品は、怪しいサイトだけでなく、正規の流通網の中にさえ紛れ込むことがある。2024年6月、世界保健機関(WHO)は、オゼンピック(セマグルチド)の偽造品に関する医療製品警告(Medical Product Alert)を出した。対象となったのは3つのロットで、2023年10月にブラジルと英国、同年12月に米国で確認されている。これらの偽造品は、正規の流通網の中で供給されていた。
ではなぜ、これらは偽造だと判明したのか。手がかりは、ロットごとに違っていた。ロット番号LP6F832は、製造元であるノボ ノルディスク社の記録に存在しない番号だった。ロット番号NAR0074は、シリアル番号との組み合わせが製造記録と一致しなかった。そしてロット番号MP5E511は、ロット番号こそ本物と同じでありながら、製品そのものが偽造されていた。正規流通の内側であっても、絶対の予防線があるわけではない。番号が本物であっても、中身まで保証されるとは限らない。ただし、そこには「照合できる記録」があった。何がいつ、どのロットとして作られたかが記録され、追跡できる状態になっている――この追跡可能性が、少なくとも一部の異常を検出する仕組みとして働いた。
個人輸入した薬はなぜ品質の保証を受けられないのか
個人輸入した医薬品は、国内の承認制度が求める品質・有効性・安全性の確認を経ていないため、この保証を受けられない。ロット単位で追跡できる仕組みも、個人輸入した製品には及ばない。
厚生労働省は、品質・有効性・安全性について科学的なデータに基づく確認がなされた製品だけが国内で流通するよう、医薬品医療機器等法によって厳しく規制していると説明している。個人輸入で入手した製品は、この確認の枠外にある。
実際に何が起きているかは、国民生活センターが2023年に公表した報告が具体的に示している。個人輸入した医薬品や化粧品の中には、表示にない成分が配合されていたり、不衛生な場所や方法で製造された可能性が否定できないものがあり、品質・有効性・安全性の確認がなされていない場合があるという。軽い話ではない。海外の事業者と直接やり取りする形になるため、何かトラブルが起きても、事業者との交渉は難しく、補償を得られる可能性も高くないと指摘されている。
歯止めがまったくないわけではない。自己判断で使用すると重大な健康被害を生じるおそれがある医薬品については、数量にかかわらず、医師による処方や指示書が確認できない限り、個人による輸入は認められないという規定がある。ただし、この規定がすべての製品を網羅しているとは限らない。「個人使用目的」を名乗って届く荷物の中身まで、輸入の時点で一つひとつ検査されているわけではない。
※ この情報は、承認制度と個人輸入という枠組みの違いについての一般的な解説である。すでに何らかの製品を個人輸入して使用している、あるいは治療中の方は、個別の判断について医療機関にご相談ください。
副作用が起きたとき公的な救済制度はどこまで届くのか
医薬品副作用被害救済制度が届くのは、国内で製造販売の承認を受けた医薬品を適正に使用した場合に限られる。この制度は、医薬品を使ったにもかかわらず重篤な健康被害が生じた人に、医療費などの給付を行う公的な仕組みである。
この制度が対象とする「医薬品」は、製造販売の承認・許可を受けた医薬品であり、病院・診療所で処方された医療用医薬品や、薬局・ドラッグストアで購入した要指導医薬品・一般用医薬品を指す。加えて、医薬品等の使用目的・方法が適正であったとは認められない場合は、そもそも救済の対象にならないとも定められている。
個人輸入で入手した製品の多くは、国内でこの製造販売の承認を受けていない。承認を受けていない以上、この救済制度が定義する「医薬品」という土俵の上に、最初から乗っていないことになる。健康被害が生じたとしても、この公的な仕組みは、その先まで手を差し伸べる設計にはなっていない。
審査を経た薬と、経ていない薬とのあいだにある違いは、成分表の一行ではなく、こうした制度の網の中に入っているかどうかという、もっと構造的なところにある。
まとめ
SNSや通販サイトに並ぶ安価な製品を見て、「有効成分が同じなら、中身も同じはず」という思い込みが一瞬よぎることは、責められることではない。名前が一致していれば、そう考えるのは自然な反応である。
ただ、その一致が保証しているのは、化学構造の名前だけである。承認審査、GMPによる製造管理、ロット単位の追跡、そして健康被害が起きたときの救済制度――薬が「同じ薬」であり続けるための仕組みは何層にも重なっていて、そのどこか一つが欠ければ、製品は同じ名前を名乗っていても、別のものになる。
正規に流通しているものでさえ、偽造品が紛れ込む余地はゼロではなかった。だからこそ、追跡できる記録があるかどうか、何かあったときに届く公的な仕組みの内側にあるかどうかという、値札には表れない部分を、判断材料の一つとして持っておく意味がある。
よくある質問
個人輸入そのものは違法なのか
一律に違法というわけではない。個人が自己使用の目的で、一定の数量の範囲内であれば、地方厚生局における輸入の確認を経ずに輸入できる特例がある。ただし、他人への譲渡やまとめての輸入は認められておらず、自己判断での使用によって重大な健康被害が生じるおそれのある医薬品については、数量にかかわらず医師の処方や指示書の確認が必要とされている。
海外の規制当局で承認されている製品なら品質は保証されていると考えてよいか
そうとは限らない。輸出国と日本とでは法体系や分類、基準、規制が異なり、国内では未承認の医薬品成分や、医師の処方が必要とされる成分が含まれているケースがあると指摘されている。加えて、正規の流通網に供給されていた製品の中にも偽造品が見つかった例がある。承認の有無や流通経路の見た目だけで、品質を判断しきることは難しい。
偽造医薬品かどうかは見た目で判断できるか
WHOは、ロット番号・シリアル番号の確認、注射器具の外装やラベルの品質、パッケージの誤字の有無などを手がかりとして挙げている。ただし、これらは疑いを持つための手がかりであって、成分の含有量や無菌性といった内部の品質までを、外見だけで判別できるわけではない。
個人輸入した薬で体調に異変が生じたらどうすればよいか
速やかに医療機関を受診することが勧められている。その際、可能であれば商品やパッケージ、説明書を持参し、使用方法・使用量・使用頻度・使用期間や、異常が発生した経緯を伝えるとよいとされている。
出典
- World Health Organization.「Medical Product Alert N°2/2024: Falsified OZEMPIC (semaglutide)」2024年6月19日. cdn.who.int
- 独立行政法人国民生活センター.「個人輸入した医薬品、化粧品等にご注意!」2023年9月6日. kokusen.go.jp
- 厚生労働省.「医薬品等の個人輸入に関するQ&A」. mhlw.go.jp
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA).「承認審査業務(申請・審査等)」. pmda.go.jp
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA).「医薬品副作用被害救済制度の給付対象」. pmda.go.jp
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA).「Q7 救済の対象とならない場合とは、どのような場合ですか。」. pmda.go.jp