本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。

食物繊維の多い食事をとったあと、しばらく空腹を感じにくい――そう実感したことがある人は多いだろう。理由を尋ねられれば、たいてい同じ答えが返ってくる。「繊維が水分を吸って、胃の中で膨らむから」。間違ってはいない。だが、それだけで説明がつくのなら、この現象はとうに解明され尽くしているはずである。

実際には、満腹感の少なくとも一部は、胃を通り過ぎたあとに作られている。舞台は消化管の奥、大腸である。そこで動いているのは、近年になって注射薬の成分として名前を知られるようになった、GLP-1というホルモンそのものである。

GLP-1と聞いて、まず治療薬を思い浮かべる人もいるだろう。だが、GLP-1はもともと、健康な人の体の中で毎日分泌されているホルモンである。薬を使っているかどうかにかかわらず、腸の壁は今日も、食事のたびにこのホルモンを自前で作っている。では、その分泌の量やタイミングを左右しているのは何か。答えの入り口は、消化されないはずの食物繊維の中にある。

この記事でわかること

  • 食物繊維は人の消化酵素で分解されず、大腸まで届いたあと腸内細菌によって発酵され、酢酸・プロピオン酸・酪酸などの短鎖脂肪酸に変わる。
  • 短鎖脂肪酸がL細胞のFFAR2・FFAR3受容体に結合するとGLP-1が分泌され、同じ刺激によってPYYの分泌も連動して引き起こされる。
  • 日本人成人の食物繊維摂取量は平均1日18.1gで、食事摂取基準が示す目標量である男性20g以上・女性18g以上に届いていない。

GLP-1はそもそも、体のどこで日常的につくられているのか

GLP-1は、注射薬の中だけに存在するホルモンではない。健康な人の腸の壁の中で、毎日、食事のたびに分泌されているホルモンである。

分泌を担っているのは、「L細胞」と呼ばれる内分泌細胞である。腸の壁のあちこちに散らばっており、小腸の下部にも存在するが、密度が高いのは大腸のほうである。食べたものが胃や小腸を通過し、大腸まで届くころには、消化・吸収できる栄養素の大半はすでに姿を消している。それでも、L細胞はそこで働き続けている。

大腸まで残って届く成分は、食べたものの中でもごくわずかである。人の消化酵素で分解しきれず、そのまま奥まで運ばれていくもの――その代表が、食物繊維である。

消化されないはずの食物繊維は、大腸で何に変わるのか

食物繊維は人の消化酵素では分解されず、大腸まで達したあと、そこに棲みつく腸内細菌によって分解される。この分解、つまり発酵によって生まれるのが、短鎖脂肪酸と呼ばれる一群の物質である。酢酸・プロピオン酸・酪酸などがその主な顔ぶれで、いずれも腸内細菌が食物繊維を分解する過程で作り出す代謝産物であることが、複数の総説で整理されている

「消化されない」と言うと、体にとって素通りしていく成分のように聞こえるかもしれない。実際には逆で、大腸に着いてからが本番だ、と言ったほうが近い。

この短鎖脂肪酸が、大腸の壁に散らばるL細胞のすぐそばを、通り過ぎていく。

短鎖脂肪酸はどうやってGLP-1分泌のスイッチを押すのか

短鎖脂肪酸がL細胞の表面にある受容体に結合すると、そのL細胞からGLP-1が分泌される。

英ケンブリッジ大学のグループが2012年に発表した研究では、酢酸とプロピオン酸を大腸由来の培養細胞に加えたところ、GLP-1の分泌が有意に増加したことが報告されている。偶然のばらつきではない。GLP-1を分泌するL細胞を調べると、短鎖脂肪酸を感知する受容体であるFFAR2(GPR43)とFFAR3(GPR41)の発現が、ほかの細胞に比べて豊富だった。マウスを使った実験でも、これは裏づけられている。FFAR2やFFAR3の働きを欠くマウスでは、短鎖脂肪酸によるGLP-1分泌が弱まり、血糖値を調整する能力もあわせて低下していた

受容体、と言うと難しく聞こえるが、やっていることは単純である。L細胞の外側に立った見張り役が、短鎖脂肪酸の到着を感知し、内側に向けて分泌の合図を送る。それだけの仕組みである。

なぜGLP-1と同時にPYYも分泌されるのか

L細胞が出しているのは、GLP-1だけではない。短鎖脂肪酸による刺激は、同じL細胞から、PYY(ペプチドYY)という別のホルモンの分泌も同時に引き起こす。

ロンドンのグループによる動物実験では、短鎖脂肪酸の一つであるプロピオン酸を大腸に投与すると、GLP-1とPYYが同時に、連動して分泌されることが確認されている。この連動もまた、FFAR2という同じ受容体を介して起きていることが、あわせて示されている。

一つの刺激が、一つのホルモンだけでなく、複数のホルモンを同時に動かす。冒頭で触れた「食物繊維をとったあとの腹持ちの良さ」は、胃の中の話だけでは説明がつかない。大腸の奥で起きている、この二重の分泌の話でもある。

※ ここまでの内容は、健康な人の体の中で日常的に働いている生理的な経路についての一般的な解説である。GLP-1受容体作動薬による治療を受けている人・服薬中の人は、食事の内容や量の調整も含め、個別の判断について必ず主治医に相談してほしい。

食物繊維の摂取量と、この経路の働きやすさはどう関係しているのか

この経路が働くための原料は、日々の食事に含まれる食物繊維の量に依存している。原料が少なければ、大腸で作られる短鎖脂肪酸の量も、それに応じて少なくなる。

厚生労働省が2025年に公表した令和6年国民健康・栄養調査によれば、日本人成人(20歳以上)における食物繊維摂取量の平均は、1日あたり18.1gである。一方、日本人の食事摂取基準(2025年版)が示す目標量は、男性で1日20g以上、女性で1日18g以上である。平均だけで見ても、届いていない。

もっとも、平均という数字は個人差を覆い隠す。目標を大きく下回っている人もいれば、すでに十分にとれている人もいるはずだ。自分がどちらに属するかは、この数字だけからはわからない。


まとめ

冒頭の「食物繊維をとったあとは、しばらく空腹を感じにくい」という実感に、もう一度立ち返っておく。その理由は、繊維が水分を含んで胃の中で膨らむという、よく知られた仕組みだけではなかった。大腸まで届いた食物繊維が腸内細菌によって短鎖脂肪酸に変わり、それがL細胞を刺激して、GLP-1とPYYという二つのホルモンを同時に分泌させる――そういう、もう一段深い経路が同時に動いていた。

薬を使っているかどうかは、この経路の有無を左右しない。体は、注射や治療の話とは関係なく、毎日この経路を回している。ただし、その経路がどれだけ効率よく回るかは、日々の食事に含まれる食物繊維の量に左右される。そして、その量は、少なくとも平均で見る限り、目標とされる水準に届いていないというのが、今の日本の実情である。

どれだけ食物繊維を増やせば、この経路の働きがどれだけ変わるのか――その量的な対応関係は、まだ十分に解明されているとは言いきれない。わかっているのは、この経路が確かに存在し、今日も動いている、ということだけである。


よくある質問

食物繊維をとる量を増やせば、それだけGLP-1の分泌も増えるのですか?

量に比例して増えるとは言い切れない。食物繊維の種類によって腸内細菌による発酵のされやすさが異なり、また個人が持つ腸内細菌の構成によっても、作られる短鎖脂肪酸の量は変わってくる。ここで紹介した研究も特定の条件下での知見であり、そのまますべての人に当てはまるとは限らない。

短鎖脂肪酸は、食物繊維以外からも作られますか?

食物繊維に限らず、消化・吸収されにくい炭水化物であれば、同様に大腸で発酵され、短鎖脂肪酸のもとになりうるとされている。難消化性でんぷんなどがその例として挙げられる。

GLP-1受容体作動薬を使っている場合、この経路は関係なくなるのですか?

この経路自体は、薬の使用の有無にかかわらず体の中で動き続けている。ただし、治療中・服薬中の人が食事内容をどう調整すべきかは、個別の状態によって判断が異なる事柄であり、必ず主治医に相談したうえで決めるべきことである。

大腸で作られる天然のGLP-1と、治療薬に使われるGLP-1は同じものですか?

出発点は同じホルモンだが、体内での振る舞いは異なる。体内で作られる天然のGLP-1は、分解酵素であるDPP-4によってごく短時間で分解されることが知られており、半減期はおよそ2分とされている。これに対し、治療薬として使われるGLP-1受容体作動薬は、分解されにくいよう設計された別の分子であり、天然のGLP-1そのものではない。

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