本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
毎週決まった曜日にジムへ通っている。あるいは、駅までの道をわざわざ遠回りして歩くようにしている。数ヶ月続けてきたのに、体重計の数字はほとんど動かない。食事は変えていないつもりだから、消費が増えた分だけ体重は落ちていくはずだった。
運動を追加すれば、その分だけ1日の消費エネルギーが積み上がる。積み上がった消費が食事の量を上回れば、体重は減る。この足し算は、直感的には正しいように見える。
だが、体重を継続的に記録している人の多くが、この足し算どおりにはいかないことを知っている。運動量を増やしたのに体重が動かない背景には、単一の理由ではなく、性質の異なる複数の仕組みが重なっている。消費されたはずのエネルギーは、体のどこかで帳尻を合わされ、静かに相殺されている。
この記事でわかること
- 活動量がある水準を超えると総消費エネルギーの増加は頭打ちになり、体が他の生理的な働きへ回すエネルギーを削ることで全体を一定範囲に収めようとする。
- 運動直後は食欲を強めるホルモンの分泌が抑えられる一方、体は代謝面の反応と間食の増加などの行動面の反応の両方で消費エネルギーの増加分を打ち消しにかかる。
- 体重を維持した運動群でも腹部の内臓脂肪は有意に減少し、運動後の筋肉のインスリン感受性向上は運動をやめると1週間足らずで失われると報告されている。
運動量を増やしても、消費エネルギーが同じだけ増えないのはなぜか
運動によって使ったエネルギーの分だけ、1日の総消費エネルギーが増えるわけではない。
長年、身体活動と総消費エネルギーの関係は、単純な足し算のモデルで説明されてきた。安静時に必要なエネルギーに、運動で使った分をそのまま上乗せすれば、その日の総消費エネルギーになる、という考え方である。
しかし、複数の集団を対象に、総消費エネルギーと日常の身体活動量の関係を調べた研究では、違う結果が示されている。活動量が低い範囲では、活動が増えるほど総消費エネルギーも比例して増えた。ところが、活動量がある水準を超えると、そこから先は総消費エネルギーの増加が頭打ちになったと報告されている。
頭打ちには理由がある。運動で消費が増えた分、体が他の生理的な働きに回すエネルギーを削り、全体としての消費量を一定の範囲に収めようとしている、というのが有力な説明である。運動をすればしただけ消費が積み上がる、という直感は、少なくとも中程度以上の活動量の範囲では成り立たないことになる。
実際に、有酸素運動だけを行わせた無作為化比較試験を集めたメタ解析でも、6か月から12か月の運動プログラムで得られた体重減少は、控えめな範囲にとどまったと報告されている。運動を追加したのに体重があまり動かない、という感覚は、記録の誤差でも根性の不足でもない。消費エネルギーの側に、そう言い切れるだけの理由がある。
運動をしても、その分だけ食べる量が減らないのはなぜか
運動を続けても、その分だけ食事量が自然に減っていくとは限らない。
運動をすればお腹が空いて、かえって食べる量が増えるはずだ、と思う人もいるだろう。少なくとも運動をした直後については、その予想は外れる。
過体重・肥満のある人を対象に、運動が食欲に関わるホルモンへ与える影響をまとめたメタ解析では、食欲を強めるホルモン(アシル化グレリン)の分泌が抑えられる方向の変化が確認された一方、満腹感に関わるホルモンについては、統計的に明確な変化までは確認されなかったと報告されている。少なくとも運動の直後にかぎれば、体は食欲を強める方向にではなく、抑える方向に反応する。
にもかかわらず、運動を続けている人の食事量が、消費した分だけ減っているとは限らない。運動介入を行った研究を横断的に検討したレビューでは、体は自動的な代謝面の反応と、意図的な間食の増加などの行動面の反応という、両方の経路で消費エネルギーの増加分を打ち消しにかかることが指摘されている。運動の直後に感じる満腹感と、数日というスパンで積み上がっていく食事量の変化は、別の時間軸で動いている。
運動を始めると、なぜ運動以外の活動量まで減ってしまうのか
運動という形で活動量を増やすと、その分、生活の中の別の活動量が無意識に減ってしまうことがある。
エレベーターではなく階段を選ぶ、家事のついでに体を動かす、といった、運動として意識されない日常の動作がある。運動の予定を1つ増やしたことで、こうした細かな動作の総量が、知らないうちに削られてしまうことがある。
先に触れた運動介入のレビューでは、この種の変化について、本人が「運動をしたのだから、あとは休んでいい」と判断して起こる場合もあれば、特に意識しないまま体が省エネルギーの方向に振れ、日常の活動量そのものが減ってしまう場合もあるとされている。どちらの経路であっても、1日の活動量の合計に反映される消費エネルギーは、運動を追加した分だけ単純に増えるわけではない。
運動という項目だけを取り出して増やしても、生活全体の活動量という帳簿の中では、別の項目が減っている。体重という最終的な数字は、その帳簿の合計を映すものであり、運動という1行だけを見ていては説明がつかない。
体重計の数字が動かなくても、体の内側では何が変わっているのか
体重という1つの数字が動かない間にも、体の内側では複数の変化が並行して起きていることがある。
肥満のある男性を対象に、体重が減った群と、運動をしながら食事量を増やし、体重をほぼ一定に保たせた運動群とを比較した無作為化比較試験では、体重を維持したその運動群でも、腹部の内臓脂肪だけは有意に減っていたと報告されている。体重という総量が変わらなくても、その中身の配分は変わりうるということになる。
ここで、インスリンの効きやすさも同じように改善しているに違いない、と考えたくなる。ただし、同じ研究では、ブドウ糖を処理する能力(インスリンの効きやすさ)を示す指標については、体重が実際に減った群でしか有意な改善が見られなかった。内臓脂肪の減少と、インスリン感受性の指標は、同じタイミングで動くとは限らない。
※ ここで扱っているのは、健康な体における一般的な研究知見の整理である。すでに何らかの治療を受けている人や、代謝に関わる薬剤を使用している人では、体重や検査値の変化の意味づけが異なる場合がある。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず担当の医師に相談してほしい。
もっとも、インスリンの効きやすさと運動の関係には、別の側面もある。1回の運動そのものが、運動後しばらくのあいだ筋肉のインスリン感受性を高めるという急性の効果が、体重や体組成の変化とは切り離して報告されている。ただし、この急性の効果は、運動をやめてしまうと1週間もたたないうちに失われるとされている。体重計には表れない効果の一部は、運動を続けているあいだだけ有効で、更新し続けなければ消えていく。
体重計の数字と中身の食い違いは、筋肉量についても起きる。高齢の肥満者を対象に、カロリーを制限する期間にレジスタンス運動を組み合わせた場合と、カロリー制限だけを行った場合とを比較したメタ解析では、レジスタンス運動を組み合わせた群のほうが、制限に伴う筋肉量の減少がほぼ防がれていたと報告されている。体重計の数字が同じだけ減ったとしても、その中身が脂肪なのか筋肉なのかは、運動の有無によって変わりうる。
まとめ
ジムに通う日を増やしても、遠回りして歩く道を選んでも、体重計の数字はすぐには動かないかもしれない。運動で増えたはずの消費エネルギーは、体が他の働きに回す分を削ることで、単純な足し算どおりには積み上がらない。食欲は運動の直後こそ抑えられるが、埋め合わせは別のタイミングでやってくる。そして運動という活動が1つ増えた分、生活のどこかで別の活動が無意識に減っている。
体重という数字だけを追っていると、この数ヶ月の運動はなかったことにされてしまう。だが、内臓脂肪の配分や、カロリー制限下での筋肉量の保たれ方、運動のたびに更新される筋肉のインスリン感受性は、それぞれ別の時間軸と別の指標の上で動いている。それがいつ、どの程度、体重という数字にまで波及してくるのかは、ここで見てきた研究の範囲でも、まだ個人差が大きいというのが実情である。
よくある質問
運動には意味がないということですか
いいえ、そうではない。ここで整理したのは、体重という1つの数字に反映されるまでの経路が単純ではないという点であり、内臓脂肪の減少や、カロリー制限下での筋肉量の維持、運動のたびに得られる急性のインスリン感受性の改善など、体重計に表れない変化は別に報告されている。体重が動かないことは、体の中で何も起きていないことを意味しない。
運動を続けていれば、いずれ体重は減りますか
一律には言えない。有酸素運動だけを行わせた無作為化比較試験のメタ解析では、6か月から12か月続けても得られる体重減少は控えめな範囲にとどまったと報告されており、消費エネルギーの頭打ちや、食欲・活動量の代償反応がどの程度働くかには個人差がある。どのくらいの期間・強度で臨むかは、体調や既往歴も踏まえて医師や専門家に相談したうえで判断すべき事柄である。
食事の量も一緒に見直したほうがよいですか
食事と運動の組み合わせ方によって結果が変わりうることは、関連する研究でも指摘されている。ただし、具体的にどう組み合わせるべきかは個人の状態によって異なり、この記事の範囲で一律の方法を示せるものではない。食事内容の見直しを検討する場合も、医師や管理栄養士など専門家への相談が前提になる。
内臓脂肪や筋肉量の変化は、どうすれば確認できますか
家庭用の体重計だけでは、内臓脂肪や筋肉量の詳細な変化を正確に捉えることは難しい。体組成計や画像検査など、より詳細な評価方法があり、どの方法が適しているかは健診や医療機関での相談を通じて確認することが望ましい。
出典
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