本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
家族に糖尿病の人がいる。あるいは、身近な人が合併症の治療を受けている経過を間近で見てきた――そういう経験をした人が自分の健診結果を見るとき、数字の意味は変わってくる。「遺伝なのだから、いずれ自分も同じ道をたどるのではないか」という受け止めは、半分は研究の裏づけがあり、半分は正確ではない。
「2型糖尿病は遺伝するのか」という問いに研究が出してきた答えは、「遺伝の関与は確かにある。ただし、それは発症を決定づけるものではない」という、やや歯切れの悪いものである。この記事では、その歯切れの悪さがどこから来ているのかを、報告されている数字に沿って整理する。
この記事でわかること
- 2型糖尿病は多数の遺伝的差異と生活環境の要因が重なって成り立つ多因子疾患であり、単一の遺伝子で発症が決まるものではない。
- 一卵性双生児の一致率は34%、両親ともに糖尿病がある場合のオッズ比は6.1と報告されているが、一致率が100%に及ばない点は遺伝だけで発症が決まらないことを示している。
- 最も再現性の高いTCF7L2変異でもリスクの上昇はオッズ比約1.4にとどまり、既知のリスク領域を合算しても双生児研究が示す遺伝の寄与全体は説明できていない。
「遺伝する」という言葉が指しているもの
まず区別しておきたいのは、1型糖尿病と2型糖尿病では遺伝の関わり方が異なるという点である。また、若年で発症する一部の糖尿病(MODYなど)のように、単一の遺伝子の変異が発症に直結するタイプも存在するが、これは糖尿病全体のごく一部にとどまる。
一般に家族歴が話題になる2型糖尿病は、多数の遺伝的な差異が一つひとつはわずかずつ寄与し、そこに生活環境の要因が重なって成り立つ「多因子疾患」として理解されている。「一つの遺伝子が親から子へ受け渡され、それによって発症が決まる」という形ではない。この構造が、以下に見る数字のすべての背景にある。
双生児研究が示す「遺伝の重み」
遺伝の寄与を見積もる古典的な方法が、遺伝子をほぼ共有する一卵性双生児と、そうでない二卵性双生児で、発症の一致率を比べるものである。
フィンランドの集団ベースの双生児コホートでは、2型糖尿病の一致率は一卵性で34%(probandwise)、二卵性で16%と報告されている(Kaprio J, et al. Diabetologia 1992)。より新しい国際的な双生児レジストリの統合解析(34,166組)でも、一卵性のほうが一致しやすいという傾向は再現されている(Willemsen G, et al. Twin Res Hum Genet 2015)。
ここで注目したいのは、一卵性双生児という「遺伝子をほぼ共有する組み合わせ」であっても、一致率が100%には遠く及ばないという点である。遺伝子が同じでも、一方が発症し他方が発症しない組が相当数存在する。遺伝の寄与は実在するが、それだけで結果が決まるわけではない、という構図がここに表れている。
家族歴があると、リスクはどれくらい動くか
家族歴とその後の発症を追跡した代表的な研究が、Framingham Offspring Studyである。この研究では、両親いずれにも糖尿病がない人と比べた場合の年齢調整オッズ比が、母親が糖尿病の場合3.4、父親が糖尿病の場合3.5、両親ともに糖尿病の場合6.1と報告されている(Meigs JB, et al. Diabetes 2000)。
この数字の読み方には注意が必要である。オッズ比は集団同士を比べたときの相対的な比であって、「その人が発症する確率」そのものではない。もとの発症率が低ければ、3倍になっても絶対的な人数としては小さい。また、これは「上がる」という関係を示すものであって、「決まる」という関係ではない。
同時に、両親ともに糖尿病である場合の数字が、片親の場合の単純な足し算よりも大きくなっている点も見逃せない。これは後述する「家族歴には遺伝子以外の要素も含まれている」という論点につながる。
ゲノム研究がたどり着いた場所
2000年代以降のゲノムワイド関連解析(GWAS)によって、2型糖尿病に関連する遺伝子領域は多数同定されてきた。なかでも最も再現性が高いとされるのがTCF7L2という遺伝子の変異である(Grant SFA, et al. Nat Genet 2006)。
ただし、この「最も強い」とされる変異でさえ、リスクの上昇はオッズ比にしておよそ1.4程度にとどまる。そして、現在までに同定された多数のリスク領域をすべて合算しても、双生児研究が示唆する遺伝の寄与の全体を説明することはできていない。この差は「ミッシング・ヘリタビリティ(説明されない遺伝率)」と呼ばれ、遺伝学における未解決の課題として知られている。
つまり現時点のゲノム研究は、「集団としてどの遺伝子領域が関与しているか」については多くを明らかにした一方で、「特定の個人が発症するかどうかを言い当てる」という用途には、まだ届いていない。
家族歴に含まれているのは、遺伝子だけではない
家族歴という指標のもう一つの側面が、生活環境の共有である。食事の味付け、主食の量、食事の時刻、間食の習慣、活動量に対する家庭内の考え方――これらは遺伝子とは別の経路で、長い時間をかけて共有される。
したがって「家族に糖尿病の人がいる」という事実は、共有された遺伝的な素因と、共有された生活環境という、性質の異なる二つの要素が合わさった合成的な指標である。この二つは研究上も切り分けが難しく、家族歴のオッズ比にはその両方が含まれている。
| 家族歴に含まれる要素 | 変えられるか | どう評価されるか |
|---|---|---|
| 遺伝的な素因 | 変えられない | 双生児研究・GWASで推定される。個人の発症予測には現時点で限界がある |
| 共有された生活環境 | 変えうる | 食習慣・活動量・体重などの指標を通じて把握される |
※上表は理解のための整理であり、実際には両者が相互に影響し合っている。個別の評価は医師による。
「変えられない要因」と「変えられる要因」を分けて見る
耐糖能異常のある人を対象に生活習慣への介入を行った大規模な比較試験では、追跡期間中の2型糖尿病の発症率が対照群より低かったと報告されている(Diabetes Prevention Program Research Group, N Engl J Med 2002)。
これは集団同士を比較した研究結果であり、特定の個人について結果を保証するものではない。また、本記事は特定の治療・商品・サービスを勧めるものでもない。ここで確認しておきたいのは、家族歴という変えられない事実と、そこから導かれる帰結は同一ではない、という研究上の位置づけである。健診で指摘を受けている場合の具体的な方針は、数値と全身の状態を踏まえて医師が判断する事項である。
よくある質問
親が2型糖尿病だと、自分も必ず発症するのですか?
必ずということはない。家族歴があるとリスクが上がることは複数の研究で一貫して報告されているが、それは集団を比べたときの相対的な関係であり、個人の発症を決定づけるものではない。遺伝子をほぼ共有する一卵性双生児でさえ、発症が一致しない組が多く存在する。
一卵性双生児でも一致しないのは、なぜですか?
2型糖尿病が、多数の遺伝的差異と生活環境の要因が重なって成り立つ多因子疾患だからである。遺伝的な素因が同じでも、体重の推移・活動量・食習慣・加齢の影響などが異なれば、経過も異なりうる。
遺伝子検査を受ければ、自分のリスクがわかりますか?
現時点のゲノム研究の水準では、個人の発症を精度よく予測するには至っていない。最も強く関連するとされる変異でもリスクの上昇はわずかであり、既知の変異をすべて合算しても遺伝の寄与全体を説明できていない。実務上は、家族歴の有無と健診の数値の推移を医師と共有するほうが、判断材料として確実である。
家族歴がある場合、健診では何を見ておけばよいですか?
一般的には空腹時血糖・HbA1cといった血糖に関する項目に加え、脂質・血圧・腹囲など代謝全体の指標が併せて評価される。どの項目をどの間隔で確認するかは個々の状況によって異なるため、家族歴があることを医療機関に伝えたうえで相談することが勧められる。
出典
- Kaprio J, et al. Concordance for type 1 (insulin-dependent) and type 2 (non-insulin-dependent) diabetes mellitus in a population-based cohort of twins in Finland. Diabetologia 1992
- Willemsen G, et al. The concordance and heritability of type 2 diabetes in 34,166 twin pairs from international twin registers: the DISCOTWIN consortium. Twin Res Hum Genet 2015
- Meigs JB, Cupples LA, Wilson PWF. Parental transmission of type 2 diabetes: the Framingham Offspring Study. Diabetes 2000;49:2201-2207
- Grant SFA, et al. Variant of transcription factor 7-like 2 (TCF7L2) gene confers risk of type 2 diabetes. Nat Genet 2006
- Diabetes Prevention Program Research Group. Reduction in the incidence of type 2 diabetes with lifestyle intervention or metformin. N Engl J Med 2002;346:393-403
- 日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024」