本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
健診結果表の隅に、「空腹時血糖値 116」という数字と、「要再検査」の判定が並んでいる。数字だけを見せられても、それが何を意味するのかはわからない。糖尿病と診断されたわけではない。かといって、正常だとも言われていない。
「まだ糖尿病ではないのだから、しばらく様子を見ればいいのだろう」――そう考えて結果表を引き出しの奥にしまう人は少なくない。実際、この段階では投薬の指示も、具体的な食事制限も出されないことが多い。何もしなくていい、と受け取っても不思議ではない。
だが、この「境界」という呼び名には理由がある。医学的には、この状態は正常型でも糖尿病型でもない、独立した区分として定義されている。そしてこの区分をたどった人々を数年から十数年単位で追跡した研究が、すでに複数存在する。わかっているのは、進行するリスクだけではない。
この記事でわかること
- 空腹時血糖値がおよそ110~125mg/dLなどの範囲にあり糖尿病型・正常型いずれの基準も満たさない状態は、「境界型」という独立した診断区分にあたる。
- DPP研究では境界型のまま特別な介入を受けなかった群のうち、平均2.8年の追跡で100人年あたりおよそ11人が糖尿病の診断基準に達したと報告されている。
- DPP研究では生活介入群の糖尿病新規発症は58%少なく、10年時点でも累積発症率は34%低いままで、境界型から正常型へ回帰する頻度も対照群より有意に高かった。
健診の「血糖値が高め」は、どの診断区分に当たるのか
結論から言うと、それは「境界型」と呼ばれる、正常型と糖尿病型のあいだに位置する独立した区分である。
日本糖尿病学会の診断基準では、空腹時血糖値126mg/dL以上、75gOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)の2時間値200mg/dL以上、随時血糖値200mg/dL以上のいずれかを満たす場合を「糖尿病型」、空腹時血糖値110mg/dL未満かつ2時間値140mg/dL未満を「正常型」と定めている。境界型は、このどちらの基準も満たさない状態を指す――つまり、空腹時血糖値がおよそ110125mg/dL、あるいは75gOGTTの2時間値がおよそ140199mg/dLの範囲にある状態である。HbA1cについては6.5%以上が糖尿病型の目安とされる。
健診の「要再検査」という判定は、多くの場合この境界型、またはそれに近い数値域を指している。糖尿病という診断名がついていないのは、正確さの欠如ではない。この区分そのものが、そう設計されているためである。
境界型を放置すると、何が起こるのか
境界型のまま経過した集団の一部は、その後の年月で糖尿病型の基準に達する――これは、境界型を対象にした追跡研究で報告されている事実である。
2002年に発表された米国の大規模研究DPP(Diabetes Prevention Program)では、境界型に相当する状態にあった参加者のうち、特別な介入を受けなかった群で、平均2.8年の追跡期間中、100人年あたりおよそ11人の割合で糖尿病の診断基準に達したと報告されている。全員が進行したわけではない。だが、無視できない数の人が、この期間のうちに区分を移動した。
進行の速さや有無には個人差が大きい。体重の変化や他の代謝指標、家族歴など、複数の要因が関わるとされ、境界型という一つの診断名の中にも、その後の経過は一様ではない。
※ この情報は一般的な研究知見の解説である。すでに糖尿病の診断を受けている方、服薬による治療を受けている方は、数値の変化をご自身で判断せず、その解釈と対応について主治医にご相談いただきたい。
なぜ境界型は「戻れる」段階と言われるのか
境界型は、糖尿病型と違って、正常型へ戻ることが観察されている区分でもある。
先述のDPP研究では、生活習慣への介入を受けた群で、糖尿病の新規発症が介入を受けなかった群に比べて58%少なかったと報告されている。同じ研究で薬物療法(メトホルミン)を受けた群では31%少なかった。生活介入のほうが、薬物療法よりも効果の大きさで上回っていたことになる。
この差は、研究が終わった時点で消えたわけではなかった。介入終了後も追跡を続けたDPP Outcomes Studyの10年時点の報告では、生活介入群の糖尿病累積発症率は、対照群に比べて10年間を通じてなお34%低いままだったとされている。
ただし、これは進行を遅らせているだけで、実際に「戻った」わけではないのかもしれない。この疑問に直接答える研究もある。同じDPPコホートを対象にした解析では、生活介入群は対照群に比べて、境界型から正常型へ回帰する頻度が有意に高かったと報告されている。境界型は、通過するだけの一方通行の段階ではない。
生活習慣の見直しとは、具体的に何を指すのか
漠然とした「気をつける」ではない。DPP研究で使われた生活介入は、数値目標を伴う具体的なプログラムだった。
目標として設定されていたのは、体重の7%減少と、週150分以上の身体活動である。これを支えるため、食事・運動・行動変容を扱う16回構成のカリキュラムが用意され、最初の24週間は担当者による個別指導が行われた。
この数字をそのまま自己流の目標として当てはめる必要はない。年齢や持病、体力によって無理のない範囲は変わる。健診で指摘を受けた段階でまずやることは、この研究の数字を目指すことではなく、自分にとって現実的な見直しの範囲を、医師や管理栄養士とともに定めることである。
まとめ
健診結果表の「要再検査」という一行は、絶望の合図でも、聞き流していい話でもない。それは、境界型という区分が示す通り、まだ動かせる段階にいるという報告でもある。
進行する人がいるのは事実である。戻る人がいるのも、同じくらい確かな事実である。この先どちらに動くかを分けるのは、診断名そのものではなく、結果表を受け取ったあとの数か月に何をするか、という点にある。
よくある質問
境界型と言われたら、必ず糖尿病になりますか
必ずではない。追跡研究では、境界型のまま糖尿病型に進行する人がいる一方、生活習慣の見直しによって正常型へ戻る人も報告されている。進行のしやすさには個人差が大きく、体重の変化や他の代謝指標の状態とあわせて、医師による評価が必要な事項である。
HbA1cは正常範囲なのに、空腹時血糖値だけ高いと言われました。これも境界型ですか
診断区分は、空腹時血糖値・75gOGTT・HbA1cのそれぞれについて独立に判定される。日本の基準では、このいずれか一つが糖尿病型の基準を満たせば、単独でもその区分に分類されうる。指標ごとに結果が食い違うことは珍しくなく、総合的な判断は医師に委ねられる。
生活習慣を見直せば、どのくらいの期間で数値は戻りますか
研究では正常型への回帰そのものは報告されているが、期間を一律に示す数字は存在しない。追跡期間や個人差によって幅があり、体重や年齢、他の健康状態によっても変わる。次の健診までの間隔や再検査の頻度は、医師と相談のうえで決めることが勧められる。
健診で「要再検査」と言われたら、まず何科を受診すればよいですか
一般に、内科(糖尿病内科・代謝内科を含む)が対応する領域である。かかりつけ医がいる場合は、そこから紹介を受ける形でも問題ない。境界型の段階であっても自己判断で放置せず、一度は医療機関で結果の説明を受けることが基本になる。
出典
- Diabetes Prevention Program Research Group. “Reduction in the Incidence of Type 2 Diabetes with Lifestyle Intervention or Metformin.” N Engl J Med. 2002;346(6):393-403.
- Knowler WC, et al.(Diabetes Prevention Program Research Group). “10-year follow-up of diabetes incidence and weight loss in the Diabetes Prevention Program Outcomes Study.” Lancet. 2009;374(9702):1677-1686.
- Perreault L, et al. “Regression from Pre-Diabetes to Normal Glucose Regulation in the Diabetes Prevention Program.” Diabetes Care. 2009;32(9):1583-1588.
- 日本糖尿病学会「糖尿病診断基準」