本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
夜勤明けや、勤務時間帯が周期的に入れ替わる働き方をしている人から、「勤務のあとだけ食欲の出方が違う」という感覚が語られることがある。日勤が続いているときと同じ生活を心がけていても、勤務形態が変わると食欲の強さが変わる――この感覚が、意志の強さの問題として本人の中で処理されてしまうことは少なくない。
しかし、睡眠と食欲を調節するホルモンの関係については、比較的よく統制された実験研究が複数存在する。そこで報告されている変化は、感覚の問題として片づけるには具体的である。
この記事でわかること
- グレリンは胃から分泌され食欲を高める方向に、レプチンは脂肪組織から分泌され食欲を抑える方向に、互いに逆向きに働くホルモンである。
- 睡眠を4時間に制限した実験では、レプチンが平均18%低下しグレリンが28%上昇するなど、食欲を高める方向に2つのホルモンが同時に動くと報告されている。
- 睡眠時間を確保しても体内時計と生活の時刻がずれるだけでレプチン低下や食後血糖の上昇が観察されており、睡眠不足と時刻のずれは別々の負荷として扱われる。
グレリンとレプチン ― 逆向きに働く2つのホルモン
グレリンは主に胃から分泌され、脳に働きかけて食欲を高める方向に作用するホルモンである。空腹時に上昇し、食事をとると低下するという動きをする。
レプチンは主に脂肪組織から分泌され、脳の視床下部に「エネルギーは足りている」という信号を送り、食欲を抑える方向に働く。体に蓄えられた脂肪の量をおおまかに反映するとされ、長期的なエネルギー収支を伝える役割を担っていると考えられている。
つまりこの2つは、食欲に対して逆向きに働く一対の信号である。したがって「グレリンが上がり、同時にレプチンが下がる」という組み合わせが起きたとき、食欲は両側から押し上げられることになる。
睡眠が短いとき、2つのホルモンは同時に逆方向へ動く
健康な若年男性を対象に、就床時間を4時間に制限した2晩と、10時間確保した2晩とを比較した実験がある。制限した条件では、レプチンが平均18%低下し、グレリンが28%上昇した。同時に、空腹感の主観的評価は24%高くなり、とくに高カロリー・高炭水化物の食品に対する欲求が強まったと報告されている(Spiegel K, et al. Ann Intern Med 2004)。
同じ方向の関係は、実験室ではなく一般集団を対象とした調査でも観察されている。1,024人を対象としたWisconsin Sleep Cohort Studyの解析では、習慣的な睡眠が短い人ほどレプチンが低く、グレリンが高く、BMIが高いという関連が報告されている。習慣的な睡眠が5時間の場合、8時間の場合と比べてレプチンが15.5%低いと推定されている(Taheri S, et al. PLoS Med 2004)。
実験研究は「短くすると変化が起きる」という因果の方向を、コホート研究は「その関係が日常生活の中でも観察される」ことを、それぞれ別の角度から示している。
「短い」ことと「ずれている」ことは、別の問題である
ここで重要なのは、交代勤務や夜勤で起きているのが睡眠時間の不足だけではないという点である。体内時計が想定する時刻と、実際に眠り、食べ、働く時刻とがずれること――これは睡眠の長さとは独立した、もう一つの負荷である。
この2つを切り分けるために設計されたのが、1日を28時間として生活させることで、睡眠・食事の時刻を体内時計のあらゆる位相に配置する実験(強制脱同調法)である。この研究では、睡眠時間そのものは確保したうえで体内時計と行動の時刻をずらした条件において、レプチンが17%低下し、インスリンが22%高いにもかかわらず血糖が6%上昇するという変化が報告された。さらに、十分なデータが得られた8人のうち3人で、食後の血糖が糖尿病予備群に相当する範囲に入ったとされる(Scheer FAJL, et al. PNAS 2009)。
つまり、たとえ睡眠時間を確保できたとしても、時刻のずれそのものが代謝の指標を動かしうる。「よく寝れば同じ」とは言い切れない、というのがこの研究の含意である。
| 負荷の種類 | 何が起きるか | 主な報告 |
|---|---|---|
| 睡眠が短い | レプチン低下・グレリン上昇・空腹感の増大 | Spiegel 2004/Taheri 2004 |
| 睡眠・食事の時刻がずれる | レプチン低下・インスリン上昇下での血糖上昇 | Scheer 2009 |
※いずれも限定的な条件下の研究であり、個人差がある。数値をそのまま個人に当てはめることはできない。
疫学的には、どの程度の差として観察されるか
こうした生理学的な変化が、長期的にどの程度の差として現れるのかについては、観察研究のメタ解析がある。交代勤務と2型糖尿病の関連を検討した系統的レビューでは、交代勤務に従事することとリスクの上昇との間にわずかな関連が報告されており、とくに勤務時間帯が周期的に入れ替わるローテーション勤務でその関連が強い傾向が示されている(Gan Y, et al. Occup Environ Med 2015)。
観察研究であるため、勤務形態そのものが原因であると断定はできない。食事の選択肢・睡眠環境・職種による活動量の違いなど、勤務形態と結びついた他の要因が影響している可能性は残る。それでも、実験室で観察される短期的な変化と、集団で観察される長期的な傾向が同じ方向を向いていることは、この分野の知見を読むうえで押さえておきたい点である。
意志の問題として語られやすい領域
以上を踏まえると、勤務形態によって食欲の感じ方が変わることは、少なくとも生理学的に説明が試みられている現象である。食欲を調節する信号そのものが動いている状況を、自制心の話として本人が引き受ける必要はない。
一方で、これらの研究の多くは短期間・少人数の実験室条件で行われたものであり、反応の大きさには個人差がある。また、これらの知見は特定の対処法の有効性を示すものではない。体重や血糖の数値に変化が出ている場合の評価と対応は、医師に相談すべき事項である。
よくある質問
睡眠を削ると、なぜ食欲が強くなるのですか?
食欲を抑える方向に働くレプチンが低下し、食欲を高める方向に働くグレリンが上昇するという、逆向きの2つの変化が同時に起こることが報告されているためである。片方だけでなく両方が同時に動く点が、食欲の感じ方に影響していると考えられている。
十分な睡眠時間をとれば、夜勤の影響はなくなりますか?
そうとは言い切れない。睡眠時間を確保したうえで体内時計と生活の時刻をずらした実験でも、レプチンの低下や食後血糖の上昇が観察されている。睡眠の長さと、睡眠・食事の時刻のずれは、別々の負荷として扱われている。
体内時計のずれは、どれくらいで元に戻るのですか?
戻り方には個人差が大きく、勤務の周期・光環境・年齢などの影響を受けるとされる。一律の目安を示せる段階にはない。勤務形態による体調への影響が続いている場合は、産業医や医療機関に相談することが勧められる。
交代勤務をしていると、必ず代謝の数値が悪くなるのですか?
必ずということはない。メタ解析で報告されているのは集団としてのわずかなリスク上昇であり、個人の経過を決めるものではない。健診の数値の推移を継続して確認し、変化があれば医師の評価を受けることが基本になる。
出典
- Spiegel K, Tasali E, Penev P, Van Cauter E. Brief communication: Sleep curtailment in healthy young men is associated with decreased leptin levels, elevated ghrelin levels, and increased hunger and appetite. Ann Intern Med 2004;141:846-850
- Taheri S, Lin L, Austin D, Young T, Mignot E. Short sleep duration is associated with reduced leptin, elevated ghrelin, and increased body mass index. PLoS Med 2004;1:e62
- Scheer FAJL, Hilton MF, Mantzoros CS, Shea SA. Adverse metabolic and cardiovascular consequences of circadian misalignment. Proc Natl Acad Sci USA 2009;106:4453-4458
- Gan Y, et al. Shift work and diabetes mellitus: a meta-analysis of observational studies. Occup Environ Med 2015