本記事は公開されている研究・公的発表に基づく一般的な情報提供です。特定の治療効果を保証するものではなく、医学的助言に代わるものでもありません。数値の解釈や治療方針の判断は、必ず医師にご相談ください。
「GIP/GLP-1受容体作動薬」という表記を、薬の説明や解説記事のどこかで見かけたことのある人は、もう少なくないはずである。GLP-1という言葉にはある程度慣れていても、隣に並ぶGIPの三文字については、何の略か聞かれると答えに詰まる人のほうが多いのではないか。
後から加わった、補助的な成分だろうと見当をつけたとしても無理はない。実のところ、それは逆である。GIPは、インクレチンと呼ばれるホルモンの一群のなかで、GLP-1よりも先に見つかっていた。それなのに、なぜ主役の座は長いあいだGLP-1にだけ与えられてきたのか。
その理由をたどっていくと、「二つの受容体を一つの薬で同時に狙う」という、いまの薬剤設計の発想がどこから生まれたのかも見えてくる。
この記事でわかること
- GIPは十二指腸から空腸にかけて分布するK細胞から分泌される42個のアミノ酸のペプチドで、食後インスリンの6〜8割を引き出すほか脂肪細胞にも作用する。
- 2型糖尿病患者ではGIPのインスリン分泌刺激作用が大きく弱まる一方GLP-1の作用はかなりの部分が保たれるため、新薬開発はGLP-1側に集中してきた。
- 健康な人にGIPとGLP-1を同時投与すると単独投与より大きなインスリン分泌反応が確認されたことが、二つの受容体を同時に狙う設計の出発点になった。
GIPとは何のホルモンで、どこから出ているのか
GIPは、十二指腸から空腸にかけて分布するK細胞という細胞から分泌されるホルモンである。
食事に含まれるブドウ糖や脂肪が腸に入ってくると、それが引き金になって血中に放出される、42個のアミノ酸からなるペプチドである。食後に分泌されるインスリンのうち、量にして6〜8割はGIPの刺激によって引き出されているとされ、単独のホルモンとしては膵臓のβ細胞への影響が最も大きい。
GIPが働きかける先は、膵臓だけではない。脂肪細胞に対しても、ブドウ糖の取り込みや脂肪酸の合成を促す方向に作用することが報告されている。インスリンを出す指令と、脂肪を蓄える指令。同じホルモンひとつが、性質の異なる両方に関わっているというわけだ。
GIPはなぜ長く「地味な脇役」だったのか
GIPが長年GLP-1の陰に置かれてきたのは、単純な人気の差ではない。2型糖尿病の患者では、GIPそのもののインスリン分泌刺激作用が大きく弱まってしまうという研究結果が、早い時期から積み重なっていたからである。
そもそもGIPという略称は、当初「gastric inhibitory polypeptide(胃酸分泌抑制ペプチド)」の頭文字だった。胃酸分泌を抑える作用のほうが、まず注目されていた時代の名残である。その後、膵臓からのインスリン分泌を促す働きのほうが本質だとわかり、呼び方そのものが「glucose-dependent insulinotropic polypeptide」へ変わった(同URL)。名前を変えてもなお、主役の座には届かなかった。
2型糖尿病の患者にGIPを投与しても、健康な人と同じようにはインスリンが出てこない。この「効きにくさ」がなぜ起きるのか、分子レベルの理由は今も研究が続く途上にある。一方でGLP-1のインスリン分泌刺激作用は、糖尿病があってもかなりの部分が保たれることがわかっていた。効くほうを追いかけるのは、当然の判断だっただろう。数十年にわたる新薬開発が、GLP-1側に集中していったのはこのためである。ある総説は、当時のGIPの立ち位置をそのまま言い表している――「見過ごされてきたインクレチン」である。
※ ここまでの内容は、GIPというホルモンの性質と、それをめぐる研究史についての一般的な解説である。すでに治療を受けている、あるいは薬剤を使用している場合の個別の適否は、処方医に確認してほしい。
GLP-1と何が違うのか
同じインクレチンという括りに入っていても、GIPとGLP-1では体の中での役割分担がはっきり異なる。
まず脂肪組織への働きかけである。GIPには脂肪の蓄積を促す方向の作用が報告されているが、GLP-1にはその働きがない。もう一つは胃の動きである。GLP-1は胃から腸への内容物の移動を遅らせ食欲を抑える方向に働くことが知られているが、GIPはヒトにおいてこの経路にほとんど関与しないとされる。
役割が違うなら、単純に足し算できるのではないか――そう考えたくなる。実際、健康な人を対象にした実験では、GIPとGLP-1を同時に投与すると、それぞれを単独で投与したときより大きなインスリン分泌反応が確認されている。効きにくいはずのGIPには、単独作用とは別の使いみちが残っていたことになる。
受容体を組み合わせるという設計思想は何を生んだのか
この役割の違いと、組み合わせたときの反応の大きさが、GIP受容体とGLP-1受容体を一つの分子で同時に活性化させるという設計の出発点になった。
一つの受容体だけを持続的に刺激するのではない。性質の異なる二つの経路を、同時に動かす。この発想を薬剤として実現したのがチルゼパチドで、GIPとGLP-1、両方のホルモンの配列要素を組み込んだハイブリッド構造を持つ、39個のアミノ酸からなる合成ペプチドである。日本では、2022年9月26日に2型糖尿病を対象疾患として承認された。
肥満のある成人を対象にした72週間の臨床試験では、複数の用量群にわたって持続的な体重減少が確認されている。単一の受容体だけを標的にしていた従来の薬剤と比べて何が変わったのか、その答えの入り口はここにある。
ただし、この結果がそのままGIPという一つのホルモンの効能の証明になるわけではない。見えているのはGLP-1受容体への作用と組み合わさったときに何が起きるか、という結果であって、二つの効果を単純に足し合わせられるとは限らない、という留保がある。
受容体を組み合わせるという発想は、ここで止まっていない。GIP・GLP-1に加えてグルカゴン受容体まで一つの分子で標的にする三重作動薬も研究されている。ただし、こちらは日本でも米国でも未承認で、フェーズ3の臨床試験を通じて効果と安全性が確かめられている段階にある。
まとめ
「GIP/GLP-1受容体作動薬」という表記に戻ろう。並んでいる二つの略称は、対等な組み合わせではない。片方は長く見過ごされてきたホルモンであり、その見過ごされ方の理由――2型糖尿病での効きにくさ――こそが、単独ではなく組み合わせるという発想を後押しした。地味な脇役だったはずのGIPが、いまは設計思想の中心に据えられている。
受容体をいくつまで組み合わせれば何が変わるのか、その答えはまだ全部そろっていない。研究段階の三重作動薬がどこに着地するのかは、今後の臨床試験の結果を待つしかない。
よくある質問
インクレチンとは何ですか?
食事の摂取をきっかけに腸から分泌され、血糖値に応じてインスリンの分泌を助けるホルモンの総称である。ヒトで生理的に重要な役割を果たすインクレチンとして確認されているのは、現時点ではGIPとGLP-1の二つである。
GIPは体重や脂肪の代謝にどう関わっているのですか?
GIPの受容体は脂肪細胞にも存在し、ブドウ糖の取り込みや脂肪酸の合成を促す方向に働くことが報告されている。過去の動物実験ではGIPが脂肪の蓄積に関わるとする結果も示されており、GIP受容体を治療標的とすべきかどうかについては長く議論が続いてきた。この議論は現在も研究が進行中であり、断定的な結論が出ているわけではない。
2型糖尿病でGIPが効きにくいなら、なぜGIP受容体を狙う薬を作るのですか?
GIP単独のインスリン分泌刺激作用が弱まっていても、GLP-1と組み合わせたときの反応まで失われるとは限らないためである。健康な人を対象にした研究では、二つのホルモンを同時に投与したほうが、単独投与よりも大きな反応が確認されている。組み合わせることで何が起きるかは、単独の効きにくさとは別に評価する必要がある。
GIP・GLP-1以外の受容体を組み合わせる薬もあるのですか?
GIP・GLP-1にグルカゴン受容体を加えた三重作動薬が研究段階にある。ただし日本・米国とも未承認で、フェーズ3の臨床試験の途中である。効果や安全性の位置づけは今後の試験結果を待って評価されるべき事柄であり、現時点で一般に入手できる薬剤ではない。
出典
- Seino Y, Fukushima M, Yabe D. “GIP and GLP-1, the two incretin hormones: Similarities and differences.” Journal of Diabetes Investigation, 2010
- Yamanouchi D. “The Roles of Incretin Hormones GIP and GLP-1 in Metabolic and Cardiovascular Health: A Comprehensive Review.” International Journal of Molecular Sciences, 2026
- Wolfe MM, Boylan MO, Chin WW. “Glucose-Dependent Insulinotropic Polypeptide in Incretin Physiology: Role in Health and Disease.” Endocrine Reviews, 2025
- Nauck MA, et al. “Additive insulinotropic effects of exogenous synthetic human gastric inhibitory polypeptide and glucagon-like peptide-1-(7-36) amide infused at near-physiological insulinotropic hormone and glucose concentrations.” Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 1993
- Liu QK. “Mechanisms of action and therapeutic applications of GLP-1 and dual GIP/GLP-1 receptor agonists.” Frontiers in Endocrinology, 2024
- Jastreboff AM, et al. “Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity.” New England Journal of Medicine, 2022;387(3):205-216
- 日本イーライリリー株式会社・田辺三菱製薬株式会社「世界初の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬『マンジャロ』2型糖尿病に対する国内製造販売承認を取得」2022年9月26日
- Goldney J, Hamza M, Surti F, Davies MJ, Papamargaritis D. “Triple Agonism Based Therapies for Obesity.” Current Cardiovascular Risk Reports, 2025